金滴酒造と「金滴」:新十津川の魂を醸す、北の地酒
I. はじめに:開拓者の魂、北の大地に咲く酒
北海道のほぼ中央、石狩川と徳富川(とっぷがわ)が流れ、ピンネシリの山々に抱かれた空知地方・新十津川町。この地に、100年以上の長きにわたり根を下ろし、地域の歴史と共に歩んできた酒蔵があります。それが、金滴酒造株式会社です。
その名は「金滴(きんてき)」。ピンネシリ山麓を流れる砂金川の水に由来すると言われ、まさにこの土地の恵みを象徴するかのようです。金滴酒造の物語は、単なる酒造りの歴史ではありません。それは、明治時代に未曾有の災害に見舞われた奈良県十津川村の人々が、新天地を求めて北海道に移住し、不屈の精神で原野を開拓した、壮大な開拓史と深く結びついています。
「俺達の呑む酒は俺達で造ろうではないか」— その想いから生まれた金滴酒造は、まさに「地酒中の地酒」。地域の米、水、そして人々の手によって醸される「金滴」は、新十津川の魂そのものと言えるでしょう。本稿では、この開拓者の魂を受け継ぐ酒蔵の歴史、酒造りの哲学、そして「金滴」ブランドの魅力に迫ります。
II. 蔵の基本情報:金滴酒造の横顔
金滴酒造の現在を知るための基本情報を以下に示します。
- 正式名称: 金滴酒造株式会
- 所在地: 北海道樺戸郡新十津川町
- 創業年: 明治39年(1906年)9月10日、「新十津川酒造株式会社」として創立。
- 連絡先: 電話:0125-76-2341、公式サイト:https://www.kinteki.co.jp/ 、オンラインショップ:https://kinteki.shop/
- 杜氏: 菅原輝一氏。(2025年3月時点では、豊満基生氏が副杜氏として活躍し、新商品を開発。)
III. 開拓の歴史と共に:金滴酒造の歩み
金滴酒造の歴史は、新十津川町の開拓史と分かちがたく結びついています。
- 十津川からの移住と開拓
明治22年(1889年)、奈良県吉野郡十津川村は未曾有の大水害に見舞われ、壊滅的な被害を受けました。この苦境の中、後に金滴酒造の設立発起人となる西村直一(当時学生)らが中心となり、「北海道へ移住し北方防備の重任に当たることは、十津川郷士先祖代々の忠君愛国の精神にかなう」と村民を説得。約600戸、2489人の人々が新天地を求めて北海道へ渡り、現在の新十津川町の基礎を築きました。
- 断酒の誓いと酒蔵設立
鬱蒼たる原始林を開墾する仕事は過酷を極めました。入植者たちは食物の心配と寒さとの戦いに明け暮れ、当初は酒を楽しむ余裕などありませんでした。そこで彼らは、「会席酒宴ヲ為(な)スベカラズ」と誓約書を交わし、記念日や祝日を除いて10年間は断酒することを誓い、開墾に邁進したのです。
そして16年後、田畑の収穫も安定し、生活にゆとりが生まれると、「俺達の呑む酒は俺達で造ろうではないか」という機運が高まります。西村直一、宇治川伊三郎ら9名が発起人となり、81名の賛同者を得て、明治39年(1906年)9月10日、「新十津川酒造株式会社」が設立されました。当時の酒銘は「徳富川」「花の雫」でした。
- 「金滴」の誕生と発展
大正7年(1918年)、当時の専務であった宇治川伊三郎が、ピンネシリ山麓を流れる砂金川にちなみ「金の流れの滴」から「金滴」の名を考案。これを商標とし、酒銘も「金滴」「銀滴」「花の雫」に改めました。
昭和7年(1932年)には火災に見舞われるも復旧。昭和19年(1944年)には戦時統制下で広部酒造、今酒造、五十嵐酒造の3社を吸収合併。昭和26年(1951年)11月、社名を現在の「金滴酒造株式会社」へと改称しました。昭和30年(1955年)には店舗・精米工場などを新築し、翌年には創立50周年を迎えました。
- 民事再生から再建へ
順調に発展を続けた金滴酒造ですが、平成20年(2008年)4月、清酒の売れ行き不振を原因として札幌地方裁判所に民事再生法の適用を申請。負債額は約6億1200万円に上りました。しかし、翌2009年には当時の北海道議会議長であった釣部勲氏が社長に就任し、再建への道を歩み始めます。そして平成23年(2011年)、北海道産酒造好適米「吟風」100%で醸した酒が全国新酒鑑評会で金賞を受賞。これは、蔵の技術力の高さを改めて証明するとともに、再建への大きな弾みとなりました。
IV. 酒造りのこだわり:「北の地酒」の真髄
金滴酒造の酒造りは、新十津川の自然と、開拓者から受け継がれる精神に支えられています。
- 水:ピンネシリ山系の恵み
「酒の命」と称される仕込み水には、町のシンボルであり、神の山と崇められるピンネシリ山系を源とする徳富川(とっぷがわ)の伏流水を使用しています。この伏流水は、浅井戸から汲み上げられる軟水で、適度なミネラルを含んでいます。その水質は、酒に芳醇でまろやかな味わい、ふわりとした柔らかさ、サラリとした喉越しの良さ、そしてほのかに甘い余韻をもたらすとされています。
- 米:北海道の大地の実り
金滴酒造は「北の地酒」としてのこだわりに徹し、使用する原料米の95%以上を北海道産米としています。特に、地元・新十津川町産の酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」と「きたしずく」を中心に、「彗星(すいせい)」も使用 25。新十津川町は道内一の酒米作付面積を誇り、JAピンネの「ピンネ酒米生産組合」と連携し、酒造りに適した高品質な米作りを追求しています。生産者の顔が見える関係性を大切にし、「その土地で育った米を使ってこそ、本当の地酒」という信念を貫いています。
- 技と心:伝統と革新
金滴酒造では、手造りの少量生産にこだわり、一つ一つの工程を丁寧に仕込んでいます。杜氏の経験と技術はもちろんのこと、近年では若手の育成にも力を入れており、2025年3月には32歳の副杜氏・豊満基生氏が初めて醸造を担当した純米生原酒「基生(もとき)」を限定発売しました。これは、伝統を受け継ぎつつ、新しい感性を取り入れていく蔵の姿勢を示しています。酒造りの理念としては、「地域に育てられた酒蔵」という意識を強く持ち、新十津川の米・水・人を活かした酒造りを目指しています。
V. 金滴を味わう:銘酒のポートフォリオ
金滴酒造は、その歴史とこだわりに裏打ちされた、多彩な日本酒を醸し出しています。
- 主なラインナップ
定番の「金滴」ブランドを中心に、純米大吟醸、純米吟醸、特別純米、純米、本醸造など、様々なクラスの日本酒が揃っています。また、季節限定の生酒やにごり酒、ひやおろしなども人気です。
- スペックと味わいの特徴
判明している範囲での主要銘柄のスペックと味わいの特徴は以下の通りです。
銘柄 (Name) | 種類 (Type) | 使用米 (Rice) | 精米歩合 (Polish %) | アルコール度数 (ABV %) | 日本酒度 (SMV) | 酸度 (Acidity) | 特徴・評価 (Profile/Reputation) | 出典 (Source) |
金滴 純米吟醸 (Kinteki Junmai Ginjo) | 純米吟醸 | 吟風 (新十津川町産) | 55% | 15.0度 | N/A | N/A | パーカーポイント91点獲得。豊かな旨味、さらりとした喉越し、やや辛口。 | 40 |
特別純米酒 新十津川 (Tokubetsu Junmai Shintotsukawa) | 特別純米 | 吟風 (新十津川町産) | 55% | 15度 | N/A | N/A | やや辛口。 | 36 |
純米生原酒 基生 (Junmai Nama Genshu Motoki) | 純米生原酒 | 彗星 | N/A | 16% | +0.3 | 2.2 | 純米のふくよかさと原酒の力強いキレが調和。限定300本。 | 12 |
本醸造 金冠金滴 (Honjozo Kinkan Kinteki) | 本醸造 | 吟風メイン | 70% | 15-16度 | +3 | N/A | やや辛口。米がよく溶け、どっしりとした安定感。 | 48 |
雪国のたるま 普通酒 (Yukiguni no Daruma Futsushu) | 普通酒 | 国産米 | 70% | 14度 | N/A | N/A | やや辛口。 | 37 |
純米大吟醸45 (Junmai Daiginjo 45) | 純米大吟醸 | 吟風と彗星ブレンド | 45% | N/A | N/A | N/A | フルーティーな香り、辛口。 | 49 |
大吟醸酒 33 (Daiginjo 33) | 大吟醸 | N/A | 33% | N/A | N/A | N/A | – | 38 |
注:スペック情報は複数の出典から統合しており、一部矛盾や欠落がある可能性があります。最新情報は公式情報をご確認ください。
- 味わいの傾向とペアリング
金滴の酒は、仕込み水の特徴を反映し、「芳醇でまろやか、ふわりとした柔らかさ、サラリとした喉越し、ほのかな甘い余韻」を持つと評されています。全体的には、米の旨味をしっかりと感じさせつつ、キレの良い辛口の酒が多いようです。
レビューを見ると、「辛口で濃厚」「米の味が濃い」といった評価がある一方で、「すっきり飲みやすい」という声もあり、銘柄によって多様な表情を見せるようです。
料理との相性については、特に北海道の豊かな食材とのペアリングがおすすめです。純米吟醸は鰤しゃぶや白身魚の昆布〆、シーザーサラダ、チョコレートなど。特別純米酒(吟風)はローストビーフ、さんまの塩焼き、もつ鍋など。本醸造(金冠金滴)は生魚、焼き魚、寿司など。濃厚なエゾバフンウニやラーメンサラダといった北海道ならではの料理とも相性が良いとされています。
VI. 蔵元を訪ねて:見学とイベント
金滴酒造では、酒造りの現場に触れる機会も提供しています。
酒蔵見学:
- 予約: 1週間前までの事前予約が必要。
- 可能時間: 平日 9:00~17:00、土日祝 10:00~15:00 52。ただし、酒造期間中(10月~3月頃)は見学不可の場合あり。
- 料金: 無料。
- 内容: 日本酒造りの工程を学びながら、実際の仕込み場や貯蔵庫を見学できる可能性があります。
直売所:
- 酒蔵に併設されており、限定商品なども購入可能。
- 営業時間: 平日 8:30~17:30、土日祝 10:00~16:00。
- 定休日: 1月1日~3日、土日祝不定休。
イベント:
- 酒蔵まつり: 例年6月第4土曜日に開催。振る舞い酒やつまみを楽しめる。
- 金滴酒造まつり: 開催実績あり。
VII. 評価と未来:受け継がれる開拓魂
金滴酒造の酒は、その品質と地域への貢献が高く評価されています。
受賞歴:
- 全国新酒鑑評会 金賞(平成23年/2011年)
- 北海道新酒鑑評会(札幌国税局)金賞(平成24年/2012年 純米酒の部)
- パーカーポイント 91点(金滴 純米吟醸)
評判:
- レビューサイトでは、辛口で米の味がしっかりしている、濃厚、すっきり飲みやすいなど、多様な評価が見られます。
- 特に純米吟醸はパーカーポイントで高評価を得ており、品質の高さがうかがえます。
民事再生という困難を乗り越え、品質本位の酒造りを続ける金滴酒造。若手杜氏の活躍など、未来に向けた動きも見られます。開拓者たちの「俺達の呑む酒は俺達で造ろう」という魂を受け継ぎ、新十津川の風土を映した「北の地酒」として、これからも多くの人々に愛され続けることでしょう。
VIII. 結び:新十津川の風土を味わう
明治の開拓者たちの熱い想いから生まれた金滴酒造。その酒「金滴」は、ピンネシリ山系の清らかな水と、地元新十津川の大地が育んだ米、そして蔵人たちの技と情熱が一体となった、まさに「郷の宝」です。100年を超える歴史の中で、幾多の困難を乗り越え、地域と共に歩んできたその姿は、北海道の開拓魂そのものを体現しています。
芳醇でまろやかな味わい、そしてキレの良い後味。道南の豊かな食との相性も抜群です。新十津川を訪れる機会があれば、ぜひ歴史ある酒蔵に立ち寄り、開拓者たちの夢と、北の大地の恵みが詰まった一杯を味わってみてはいかがでしょうか。それは、単なる日本酒体験を超えた、新十津川の風土と歴史に触れる旅となるはずです。